1行紹介

私は演奏家・・ 楽器は<ホール>です!

自己紹介文

<OKADA DESIGN>を紹介します。自分の人生を探求していく過程において、少しでも多くの方々の共感が得られたら・・ 個人としてこれ以上の幸せはないと考えます。自分の足跡を知って欲しいとHPを立ち上げ15年になりました。

 同世代の方はアーティストやイベントに懐かしさを感じるかも知れません。後進を歩まれる方には一つの時代背景・実績を知って欲しい。自分ならこうする、こうしたいという次世代のヒントになれば幸いです。

 親父に教わった写真。母親・姉から受け継いだ生演奏・舞台という芸能環境。兄の影響ではじめたオーディオやアマチュアラジオ。音楽仲間との出会いがサウンド・ビジネスへのステップになりました。そして車やバイク仲間とのコミュニケーション! これら総てを < D E S I G N > としました。

 子供の頃、憧れだったロータス設計のスポーツカーを2000年から乗り始め、2008年2台目へ乗換えました。そのELANも11万kmを超え、新たなスポーツカーを模索。やはり昔から憧れのブランドだった貴婦人「フェアレディ Z」。しかもフルオープン走行可能なロードスターに現在乗っています。ダイアモンド・シルバーのボディにブルーのアクセントを施し、オープン・スポーツカーらしい雰囲気でアーバンクルーズを楽しんでおります。

 カメラは親父の使っていたキャノンからはじまり・・トプコン、コンタックス、ゼンザブロニカ、そしてハッセルブラッド、ニコンを核としており、オーディオと変わらない歳月を歩んでおります。自分の年齢と変わらない60年モノ中判二眼レフカメラも未だ現役です。
 2005年頃から全てデジタルへ移行しました。メインカメラはプロ用デジタル一眼レフ ニコン D3、D2H。他にD5300、S9900、キーミッション80。ソニー F828。フジフィルム3Dカメラ:3D-W3、ソニー3Dビデオ:HDR-TD20Vによる、新たな映像表現にも取り組んでいます。そうそう・・ステディカムも導入しました!

 約22年間、老舗のPA会社「(株)東京音響通信研究所・TOKYO ONKEN」に在籍。約1000アイテムに及ぶコンサートやライブ、大手企業のセミナーや新商品発表会、オリンピック関連・官庁主催の公的イベントの音響業務に多数従事しました。日本国内はもちろん海外6カ国・20公演を担当。中でも松田聖子:日本武道館公演では、全てのスピーカーを天井から吊り下げる国内初となる「フライングPA」を敢行。そして故:美空ひばり・東京ドーム公演「不死鳥」においても<業界史に残る偉業>と評価され、未だ語り継がれております。

 46歳で転職後の約9年間、業務用音響機器の輸入商社「音響特機(株)」に所属。米国EAW、SIA等、輸入機器の技術支援と設備納入時の陣頭指揮、マーケティングを担当。米国出張も十数回に及んでいます。在籍中に文京シビックホール、目黒パーシモンホール、普門館大ホール等、全国50ヶ所以上の公共施設・私営設備の音響設計・納入に関与しております。※詳しくは OKADA DESIGN Bizを参照ください!

 こうした数々の経験・実績が評価され、55歳で「いわき芸術文化交流館アリオス」の音響コンサルタントとして設計段階から関与、そのまま5年契約にて「施設管理課・舞台音響チーフ(嘱託職員)」となり設備の管理・運営に従事。年齢に見合った音響家人生を歩んでおります。

 H24年3月アリオスを定年退職後もPAオペレーターとしてギター☆マン・プロジェクトやジャズライブ、ゴスペルコンサート、舞踊やダンス公演等を担当。ニーズがある限り現場へ伺います。

 H26年4月より、展示施設・管理運営のプロフェッショナルが集う「株式会社 コングレ」と業務委託契約。27年3月にオープンした公共施設「ウエスタ川越」を「指定管理者:NeCST」の一員として請け負いました。舞台技術責任者として古巣の ONKEN にお願いしたスタッフを招集。舞台・照明・音響チーム常駐7名の統括を担いました。7月にメインホールが無事オープンすれば私の任も外れます。正直・・往復4時間は痛勤(苦笑)

 H27年8月。東京大手町の施設管理に移動。会議室とホールが併設された最大手銀行の高層ビルです。建材も含め超ハイグレードな施設は気遣いも桁違い。場所柄スーツ必着の職場。いやはや・・64歳にしてまたまた新規開設に携わりました。業務委託契約を交わした株式会社コングレでの肩書きは「シニア・アドバイザー」。漢字で書けば相談役と歳相応のポジション。元気なうちは何でも! (・∀・;)

 音・音楽に目覚めて50数年。音のプロとなって40数年。マイク1本の講演からドーム球場・屋外大規模イベントに至る業務全般を経験した実績・業績は写真ページに詳しく掲載しています。能、日舞、民謡、演歌、クラシック、ミュージカル、ジャズ、ポップス・・そしてヘビーメタル、クラブ系と何でも経験して来ました。現在メジャーなコンサートは後進に任せ、年数回のライフワークでフェーダーを握っております。

☆業界では私のオペレーションを< OKADA MAGIC >と讃えてくれますが、これはマインドなので伝承は難しい。仕方ないです・・

< OKADA DESIGN > のコンセプトは「目からウロコの・・PAテクニック」。 従来からある音響関連技術指南書の概念を超えた「PAハンドブック」も完成しております。私の経験や閃きという独自の視点から音・響きの不思議を判り易く解説。電子書籍としての販売も視野に入れておりますので、ご要望があればいつでも出稿可能です。出版社様からのご連絡お待ちしております。

The Firstclass a Certfied Technician Stage Sound Effects Adjustment

厚生労働省国家検定:一級舞台機構調整技能士<音響> 1985年取得
日本舞台音響家協会:PA技術専門部会担当常任理事
日本音響家協会認定:一級サウンド・システム・チューナ
日本クレーン協会 :玉掛技能取得
いわき市平消防署 :普通救命講習 I I  AED訓練
総務省国家試験  :電信級アマチュア無線技士 JJ1*** 1987年取得
関東電波管理局  :デジタル簡易無線局登録・関括K-*** カツシカMZ133

興味のあること

◆◆ 私のパソコン暦。ちょっと長くなりますが・・・ 学生時代からコンピューターに関する興味はありましたが、自分はオーディオがメインと決め、雑誌等で知識を貯える程度でした。ですから秋葉原の店頭で日本電気(NEC)が販売したトレーニングキット TK-80 を触っていた程度。しかしシャープが MZ-80K を出した頃からオーディオは仕事、趣味はコンピューターへと移行しています。  ◆◆ 1981年 富士通の8ビットマイコン FM-8(当時218,000円)を購入! BASIC や機械言語に嵌っていました。数年後 Apple Computer が G U I 環境(マウス操作)O S を搭載した Lisa を発表。これには衝撃を受けましたが250万という価格にも衝撃!?  ◆◆ これを機にパソコンと日常生活との接点を模索しつつ購入したのが NEC PC-6601SR(155,000円)でした。このパソコンは音声合成機能(任意語合成出力 音階機能付)しかも2声(男と女)の声で喋ったのです。 娘二人が小学校へ行く数分前に自動で起動「今日も勉強がんばってね!」とか「運動会の練習頑張ってね!」とパソコンがお喋り。私は出勤が遅いので就寝中・・そんなすれ違いを埋めるべく活躍してくれました。パソコンが喋ったり歌ったり・・初音ミクの生まれる何年前だ?!  ◆◆ 1986年 日本もワープロ時代に突入、会社にデスクトップ型のワープロとプリンターが置かれるようになりました。出張ばかりだった私は SANYO ノート型ワープロを仕事メインで活用しました。このワープロは図形も細かく書けるようになったのが理由です。当時のノートパソコンは高額の割にはソフトとハードのバランスが悪かったので選択肢にはいりませんでした。  ◆◆ 1990年 世界初のペンタブレット SONY Palmtop 「PTC-500」を購入。このマシンは図形が面白い程、簡単に入力出来ました。現在普及している iPad の先駆けです。実はSONYと Mac がコラボするかも知れないという噂が出た程、ペン入力の優れたマシンでした。しかしSONY は MS を選択してしまったのです。大企業のプライドが、当時ガレージメーカーだった Apple との契約を許さなかったのでしょう。近未来が読めなかった SONY さん・・惜しかったね!  ◆◆ 1991年 発表された Apple PowerBook 170(定価746,000円)を購入! これが人生の岐路になるとは想像もしませんでしたが、それから私もMacフリークの仲間入り。PowerBook 180c、Macintosh Color Classic II、PowerBook 520c、日本限定モデルでもある PowerBook 550c、Power Macintosh 4400、PowerBook G3(座布団爺さん)、スケルトン iMac G3。  ◆◆ 1996年 輸入商社転職を機にWindowsマシンへ移行しました。最初に購入したマシンはB5サイズの Let's Note Mini。座布団Macと比べたら V 8 アメ車と K カーの差。その後、A4サイズ Let's Note、SONY VAIO U3-PRO、DELL XPS-ONE、FM-V LOOX U50X/V、HP TouchSmart tx2 Note と新製品が出ると触手が動いておりました。  ◆◆ 2007年 「いわきアリオス」勤務を機に、周りのMacユーザーを眺めつつ iPhone 3GS からApple製品に返り咲き。それからは 2010年から iMac 21.5"、iPad1、MacBook Air 11"、iPhone 4S・・ Apple製品に戻っています。しかしその時に購入した Mac が2016年の時点で未だに壊れない・・これは凄い事です。  ◆◆ 2014年 iPhone4s から LG G-Flex 「LGL23」アンドロイド系に転身!? 理由はスマートフォンとしてのトータルデザインです。有機EL 6" 湾曲ディスプレーは圧巻の技術。1300万画素のカメラ、4Kビデオ撮影も可能、お財布機能(Suica)、フルセグTV受信&録画、そして通勤時に欠かせないハイレゾオーディオ再生・・ もう単なる電子末端ではなく完璧な複合マシンが掌サイズに進化しました!  ◆◆ こうして辿ってみると、PowerBook 170 購入で始めた CAD(Mini-CAD:現 VW )や、音楽波形編集(SoundEdit-16:現 Protools)の世界へ向かった事で、PAサービスとは傾向の違う設備業界へ進む起因になりました。未だPC-CAD自体が一般的ではなかった90年代初頭、私は全国のホールへ3D-CAD で作成した1mmの誤差もない仕込図(スピーカー設置パース図)を送っていたのです・・(苦笑) 早過ぎたテクノロジーでした。  ◆◆ 先ずは遊び心、そして生活&ビジネスツールへ。こうした「モノ」や「テクノロジー」の拘りが仕事の活力・行動に繋がり、現在の自分が存在していると考えます。<好きこそモノの上手なれ>